いま読んでいる本が大層おもしろく、ああおもしろ、おもしろ、と声に出しそうになる。
何というリズム、イメージの氾濫と反乱。
考えてみたら、本とはただの文字の羅列であり、開いて読まなかったら死んでいる、というか
そこに寝そべってじっとしている記号であるにもかかわらず、読み始めると、そんで
それがおもしろいと、急にむくっと起き上がり、立ち上がり、ひらりひらりと踊り始める。
こちらの視覚も聴覚も嗅覚も、何だかわからない感覚もどんどん覚醒し始める。不思議でおそろしいことだ。
寝た子を起こしてしまった。ふたをあけてしまった。
*
そんで、テレビ番組もおもしろいのがいっぱいある。これも見たいあれも見たいのだが、労働者は毎日
仕事に行かねばならず、ごはん作ったりメールに返信したりおやつ食べたり知人の犬の世話をして
ひねり出されたばかりのほかほかの犬うんこを中腰で拾ってその温かさやわらかさに気が遠くなったり
毎日9時間寝たりせねばならないので、なかなか思うようには見られない。心のこりなことだ。
テレビがこんなにおもしろかった時代って他にあったっけ。何というか、登場人物たちは
どエゴの丸出しでちっとも良い人たちじゃないのだけれど、それが見ていておもしろいのだ。
*
そうこうしているうちに、あんまし友だちもいないことだし、大人なんだし社会人なんだし
ちょっとは社交っていうものもしなくてはと自分を奮い立たせてはみるけれど、そして武者震い
しながら出かけていったりするけれど大体は、うなだれて帰ることになる。世界は広いが、
良いテレビや映画や本や音楽ほどおもしろい人ってあんましいないんやわね、と思うが、
それは先方とて同じで、むこうも別にわたしと会ってみても別におもしろくもなんともないの
だろうな。きっと別々の帰り道、あー、家でテレビ見てればよかったなあと思い合うことで
はっきりと確認することはないが見えない合意をしているのかもしれない。
あた以知郎