プンクチル日記

3ピースバンドpunkchill(プンクチル)の日常

黒やら赤やら/祝祭の呪物展

ばくですよ。昨日も今日も暑いけどカラッとしてるね。このような気候はフェイクサマーと呼びたい。本物よりも軽く扱いやすいから。そ、そんなことより……7 MEN 侍のグローブ座、自分の当たった日はコロナで中止になってしまったんだ……

ううう  

仕事における全てのやる気、大人として暮らすために必要な調整力とか、あらゆる頑張りをこの日に向けての全集中だったので、それが突然なくなってしまって腑抜けになってしまったのだった。

今回は結構深刻に落ちたんですけど、これはまずいということで、思い切ったことでもしてやろうかと思いたち、その落ち込みエネルギー↓をレーザーの熱エネルギー↑に変えて、身体にできた謎の赤いほくろとか、胸元の巨大化した黒子など、全て焼き尽くしてやりました。

前から気になってたけど、いまいち勇気出なかった。勇気がないと、こういう過激なことできない。

やけくそパワーでやってやりましたよ!

めちゃくちゃスッキリしました。

焦げる匂いをかぎながら、この煙にのっかって、鼻の天井裏にほくろが移動したら嫌だなーとか思いつつ、皮膚科の硬いベッドに横になっていたのだった。

ほんで、友達に誘ってもらって「祝祭の呪物展」に行った。呪いアイテムに添えられた説明を読んでいくと、ひとつずつにしっかりとした物語があって面白かった。
呪物は悔しさの塊なんだなと思った。誰か聞いてほしい対象がいて、この感情をなんとかして知ってほしい、そのために手段を選ばない切実さのエネルギーが攻撃に向かうとこのような物が生まれ、他の方に向かえば地蔵とか仏像、歌や絵などの芸術になるのかも?と思った。

でも、ここにあるものたちは、これだけたくさんの人に見てもらえて、メッセージを伝える役割をしたことで役目がほぼ終わってるように見えた。
どのアイテムも図録に収録された写真よりも禍々しさはあまりなく、顔も穏やかに見えた。特に赤ちゃん人形は、まるで家にお客さんが遊びに来てるときの子供の顔みたいだった。照れてるような、うれしいような。
図録にも「七五三のときの子どものように見える」って書いてあって、わかるー!てなった。チラシの写真も持ち主と仲良く収まっているところが、写真館の家族写真みたいだった。


帰り際にもう一回見ると、赤ちゃん人形の顔はなんとなくそっけなくなっていた。見知らぬ大きいお友達(お客さん)にも飽きて、家に帰りたくなってるのかも?と思った。親の友達とか、よく知らん大人にはそういうふうに接するよなー、自分の子供の頃を思い出してもそうだったなぁ。大人って、自分の好きなようにこちらを見てくるもんね……とか子供の頃の視線や景色など思い出した。かえるのいる田んぼ、特に何か獲れるわけではない雑木林など。


儀式の品は国立民族学博物館で似た感じのものを観たことあったけど、あちらは服でいうリアルクローズみたいなもので、ここのはもうちょい俗な感じのものかなー?と思ったが、あくまでも自分の感覚なのでどちらがより本物とかはわからない。
でも、正偽とか本物とか、人が考える理屈よりはるか手前にある、どうしようもなく生まれてしまった「そういうことってあるよな」ってところに落ち着く話が大集合していて、とても見応えあった。

思考の蓋がパカッてなる感じがあり、やたら語りたくなる展示でした。

不思議なものって余裕があるときじゃないと楽しめないから、心の平和がみんなにいつもありますようにと願ってる。

 

ばく